大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(う)433号 判決

被告人 庄司浩

〔抄 録〕

一、原判決は刑事訴訟法第三二一条第一項第二号に基く証拠能力のない検察官面前調書を採証した訴訟手続上の法令違反があり破棄を免かれないとの主張について。

所論は、原判決が証拠に採用する田中通康(三通)、田中義雄(二通)、田中一郎(二通)、渡辺照夫、市川傑、井村千代吉、大谷弘、石垣昇、高梨猛の検察官に対する各供述調書謄本、同大谷弘、高梨猛の検察官に対する各供述調書は、いずれも同人等の原審証人尋問における供述に対比すると特信性を欠き、証拠能力を有しないものであるから、これらを採証した原判決には訴訟手続法上の誤りがあると主張する。そこで所論に基き本件記録を精査し、右各供述調書と、その供述者の原審公判準備における各供述とを対比して検討してみると、所論の総べてを参酌しても、前者が所論の如く特信性に欠けるものとはこれを認めることができない。それ故論旨は理由がない。なお、所論は原審弁護人は原審第三回公判廷で前記各検察官面前調書の取調べにつき異議を申立てたところ、原裁判所は検察官調書につき(一)調書の体裁、(二)供述者の署名押印の存在、(三)調書の内容が理路整然として客観的に首肯できる点から、証拠能力を有するとして右異議申立てを棄却しその証拠調を施行した。然しながら、原審は供述者の署名押印の存在と言いながら之が当該供述者のものかどうかにつき何の取調べをもなさず、調書の体裁と言うけれども調書には庁印を欠き、右各供述調書はその実質においても形式においても刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の要件を欠き、証拠能力を有しないものであると主張する。よつて按ずるに、原審第三回公判調書の記載によると、同公判期日において検察官から前記各検察官面前調書、又はその謄本の取調べ請求があり、弁護人はこれに対し刑事訴訟法第三二一条第一項第二号所定の特信性を欠き、且つ、同法第三二五条所定の任意性につき疑がありとし異議を述べながら、調書原本の存在は争わないと申し述べたところ、原審は右異議に拘わらずこれを採用し取調べたことが明らかである。ところで刑事訴訟法第三二一条第一項第二号により証拠調を請求するには、その原本を提出することを要するものであるところ、本件では高梨猛の昭和三六年一月二〇日附、大谷弘の同年一月二〇日附各検察官調書を除き、いずれもその謄本の取調の請求をなしたことが明らかである。然しながら、原審弁護人は特信性及び任意性につきこれを争い、証拠調に異議を申述べながら、調書原本の存在は争わず、特に原本自体を法廷に顕出しなければ証拠調の目的を達し難い理由等につき何等陳述するところがなかつたから、斯くの如き場合にあつては、謄本自体に原本に準ずる証拠能力を認めて、これにつき証拠調の請求並に証拠調をすることも法の許容するところと解するのが相当である(昭和三一年七月一七日最高裁判所第三小法廷判決)。そこで、前記各供述調書並にその謄本を仔細に検討すると、右検察官の各面前調書及び同謄本が、いずれも横浜地方検察庁及び同庁小田原支部検察事務官によつて適式に作成されたものであることが明認できる。尤も各供述調書に庁印の押捺の無いことは所論のとおりであるが、供述調書に庁印を押捺することは刑事訴訟法上要件とされていないから、それを欠くからと言つて違法と言うことはできない。そして前記各供述調書の原本には夫々供述者の署名押印が存し、また、前記各供述調書謄本の記載に照らすと、各その原本に供述者の署名押印の存することが窺い得られるから、反証のない限り、右の署名押印は当該供述者によつて真正になされたものと推認するのが相当である。それ故原審が各供述調書並にその謄本を適式に作成されたものとして、その裁量により特信性並に任意性を認め、証拠に採用したのは正当であつて、論旨はいずれもその理由がない。

(渡辺好 目黒 深谷)

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